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大阪地方裁判所 昭和29年(行)33号 判決 1963年2月05日

大阪市南区東平野町三丁目三四番地

原告

盛川ふじゑ

被告

南税務署長

松田寿栄男

右指定代理人大蔵事務官

山田俊郎

金子正

平尾博

右当事者間における昭和二九年(行)第三三号所得金額決定取消請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「原告の昭和二七年度分総所得金額につき被告が昭和二八年三月三一日総所得金額金二七万七〇〇〇円となした更正決定は金九万円を超過する部分について取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

一、原告は、被告に対し昭和二八年三月一六日、昭和二七年度分所得税の確定申告について、総所得金額を金九万円と申告したところ、被告は昭和二八年三月三〇日付を以てこれを金二七万七〇〇〇円と更正する旨の決定をなした。

二、しかしながら、被告の更正決定した原告の右年度分所得金額の算定は被告において十分な調査を行わずになされたもので、しかも被告の勝手に作成した所得標準率及び業種目別効率表と称する矛盾し、且不正確なものにより算出された過大不当のものである。

三、原告は右更正決定につき被告に対し再調査請求をしたが、請求棄却の決定があり、さらに大阪国税局長に対し審査の請求をしたが、約一〇カ月を経過しても決定がないから、本訴を以て右違法処分の取消を求めると述べ

四、被告の主張に対して、事情として、

(一)  原告は純然たる小売商人であり、その営業場所も近鉄百貨店の反対側に位置し、夜八時ともなれば、全く人通りのない、上本町界隈で最も閑散な場所である。

(二)  仕入先の森永、明治の各商店に関しては戦前より有している特約店としての権利確保のため、又将来卸売店再開のために現在は無利潤で他店への取次販売を行つているに過ぎない。従つて代金、運搬費の回収はすべて即金払でなされている。

(三)  原告が申告した所得金額九万円は全売上高より全仕入額だけを差引いて計算したものではなく、営業上の経費等(店舗は自宅)をも差引いた残額である。

(四)  被告の主張する棚卸商品高の調査は本件訴訟係属以降の昭和二九年四月中旬頃のことに属し、これをもつて昭和二七年度の総所得金額の算定基準にすることは不合理であり、とくに昭和二七年度には罐詰類の取引は全然なく、他の菓子類の取引も、もつと少量であつた。

(五)  その上、原告の唯一の働き手である長男敬一が昭和二六年春頃から腰髄カリエスの徴候があり、同二七年には病勢悪化し、入院加療するにいたつたため、正常な営業ができなかつたのであつて、被告主張のような所得金額はとうてい生じえないと述べ、

証拠について、乙第一ないし三号証、同第一五号証の四の各成立を認め、同第一五号証の一ないし三の成立を否認し、同第四号証の一ないし四、同第五号証の一、二、同第六ないし一四号証、同第一六号証は不知と述べ、爾余の乙号各証の成立については認否をなさない。

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、

(一)  原告主張の昭和二七年度分所得税の確定申告に対し、被告が昭和二八年三月三一日付原告到達の通知を以て原告主張の更正決定をし、原告がこれに対し同年四月二八日再調査の請求をしたが、同年六月二五日原告に到達の通知を以て再調査請求棄却の決定があり、原告がこれを不服とし、同年七月二〇日大阪国税局長に対し審査の請求をしたことならびに右審査請求に対し、昭和三三年一〇月三一日付通知を以て請求棄却の決定がなされたという経過になつていることは認めるが、その余の原告主張事実はこれを争う。

(二)  被告が原告の昭和二七年度の総所得金額を金二七万七〇〇〇円と更正決定した理由は、以下に述べるとおりである。

(1)  原告は右肩書地において菓子の卸、小売業を営む商人であるが、右の場所は上六交叉点を西北に入つたところにあり、場所柄もよく人通りもあつて、この種の営業には好適である。原告は昭和二七年度の所得調査に当つて営業に関する記帳も伝票類も皆無であるとして見せず、仕入先及び売先についても、仕入先はブローカーから購入し、売先は卸売はなく、店頭小売のため金額は不明なりとしてこれを明確にしない。

また原告の提出にかゝる収支計算書(乙第二号証)及び収支計算書月別内訳明細書(乙第三号証)によると、原告の売上高は年間金六〇万円、仕入高は金五一万円、差引金九万円の所得となつているが、所得算定にあたり売上高より控除すべき営業上の経費の計算関係は全然記載されていない。

さらに右収支計算書月別内訳明細書では各月の売上金額に対し、仕入金額は、いずれも八五%の比率となり取引の実情に徴し全くありえない計算関係が表示されおる始末で、原告から措信すべき調査資料が得られない実情にあつたため、他より間接資料を求め、これを基礎にして原告の所得金額を推計することにした。

(2)  仕入金額

まず原告の所得推計の基礎となる仕入金額をみるに、

原告は中卸ブローカから仕入を行つているから住所も金額も不明であるとして仕入先を明らかにしないので、被告は原告振出小切手の裏書調査等により仕入先の判明したものについて直接調査し、その他のものについては、次のとおり推計して原告の仕入金額を算定した。

(イ) 仕入先の明らかなもの

原告振出の小切手等の調査により、仕入先、仕入額の明らかとなつたものは、

グリコ株式会社 仕入金額 金二六三万九二四九円

森永商事株式会社 〃 金七六万〇〇五一円

明治商事株式会社 〃 金三六万六八五四円

株式会社高田屋本店 〃 金三五万五七一四円

浦山治郎 〃 金六万円

有限会社三笠屋製菓工業所 〃 金四万円

渡辺重一 〃 金三万八〇〇〇円

北川利一郎 〃 金九八〇〇円

合計金四二六万九六六八円

であり、右の内、高田屋本店についての仕入金額の算定は次のとおりである。

即ち、原告は高田屋本店から毎月仕入を行つていたが、この支入代金の内、原告が三和銀行上本町支店の小切手で支払つた金額は金二〇万七五〇〇円であり(原告振出の小切手の内、高田屋本店が裏書受預したものの明細は別表五のとおり)、この金額は、支払月日時等よりみて、七ケ月分の仕入額と推定して、年間分を金三五万五七一四円と算定したものである。

(ロ) その他のもの

その他被告の調査により仕入額と認められるものは、つぎのとおりである。

三和銀行上本町支店作成の原告当座勘定照合表によると、昭和二七年中原告が同銀行支店の当座預金より出金した総額は、金四七二万五七〇九円で右出金にあたり使用された原告振出の手形、小切手の受取人を手がかりにして支払先を調査したところ、右出金総額から、別表一に記載した原告の仕入とは無関係と認められるもの金四一万八五二九円を除いた金四三〇万七一八〇円が仕入先に対する支払と認められ、この金額より前記仕入先の明らかな仕入金額金三九六万六二八〇円(別表二記載)を差引いた別表六記載の金三四万〇九〇〇円がその他の仕入先に対する支払額と認められる。そして、右の金額が過少に失するとも過大でないことは、仕入先に対する支払は、手形、小切手によるものばかりではなく、現金払の場所も相当ありうることから首肯できる。たとえば大口仕入先のグリコ株式会社についても、その総支払金額金二七八万一二八九円の中、金一万三、八〇九円は現金払いであることからして小口仕入先に対する支払は、さらに高い比率の現金払によつたものと考えられるし、さらに原告が同年中に前記三和銀行上本町支店から引き出した現金は金二二万八〇〇〇円に達し、また春和産業株式会社が原告に商品代として支払つた小切手のうち三和銀行上本町支店の原告の当座預金に入金されていないものは別表七のとおり合計一七枚金二三万六一三七円に達するが、原告の営業の規模よりして、これらの多額の金員が営業上の経費に充てられたものとは考えられず、むしろその大部分は仕入先への支払に充てられたものと考えられ、これらは這般の事情を物語るものである。

そこで右の支入先の明らかな支入先よりの仕入金額四二六万九六六八円と、それ以外の(イ)、(ロ)の仕入額を合算した金四六一万〇五六八円を以て原告の総仕入額となすべきである。

(3)  販売原価

そして原告は被告の調査に対し、期首、期末の棚卸高はほゞ同額であると主張し、その提出にかゝる収支計算書(乙第二号証)にもその旨の記載があるのであるから右仕入金額金四六一万〇五六八円が即ち販売原価となるわけである。

(4)  売上金額

つぎは売上金額について、小売、卸売に分けて考察するに、

(イ) 小売について

原告が卸売を行つている商品は、グリコ株式会社、森永商事株式会社及び明治商事株式会社より仕入れた商品であり、右以外から仕入れたものは、店頭で小売されたものである。しかし、右三社から仕入れた商品の一部は小売されたものと認められ、それは棚卸商品から検討すると、右三社からの総仕入金額金三七六万六一五四円の一〇%金三七万六六一五円と考えられる。即ち、昭和二七年一一月二一日被告南税務署の職員が、原告の店頭における棚卸商品を調査したところ、乙第一六号証の如く棚卸商品中右三社から仕入れた商品はグリコ金一〇〇〇円、ビスコ金一万円及び森永、明治キヤラメル一〇〇〇円(キヤラメル類金二〇〇〇円のうち五〇%)合計金一万二〇〇〇円であつた。

そこで、被告はこの棚卸額金一万二〇〇〇円を基にして、これに大阪国税局作成の昭和二七年分所得業種目別効率調(乙第二三号証)による菓子小売の平均在庫の回転率を適用し、(原告の所得階級では同表C階表の四四、四回に該当する。)これから算出すると、右三社から仕入れたものゝ小売の売上高は、金五三万二八〇〇円となり、この原価は乙第四号証の三、同第五号証の二、同第六号証、並びに同第一三号証等により金四〇万円程度となるから、原告の営業状況をも勘案して右のように認定した(右三社からの仕入商品は比較的回転が早い方であるから、平均の回転効率をもつて右のように計算しても何等原告の不利益にはならない)。これに前記三社以外からの仕入合計額は、金八四万四四一四円を加算した合計金一二二万一〇二九円が原告の小売の販売原価である。

そしてこれに大阪国税作成の昭和二七年分商工庶業所得標準率表の菓子小売の差益率のうち最低の二四%を適用して売上高を算出すると金一六〇万六六一七円となる。原告はグリコ、森永、明治商店の特約店であるから、これ等から仕入れた商品は、他の菓子小売業者が特約店より仕入れる場合より低い価格で仕入れているのであつて、原告は他の同業者より差益率が高い筈であるから前記差益率を適用することは原告に有利な計算となるわけである。また前記乙第一六号証の被告職員の調査した棚卸商品高金四万九六五〇円に前記効率表(乙第二三号証)の回転率(四四、四回)を適用して仕入金額を計算すると金二二〇万四四六〇円となることからしても被告の右算定は控目な金額であることが明らかである。

(ロ) 卸売について

卸売による売上金は、前記三社からの仕入金額の九〇%を各卸売原価として仕入先別に差益率を適用して次のとおり算定した。

(イ) グリコ株式会社仕入分

同社よりの仕入金額金二六三万九二四九円の九〇%金二三七万五三二四円を卸売の販売原価とし、これに別表三の差益率計算表により算定した売上に対する差益率二・二%を適用して売上金額を計算すると、金二四二万八七五六円となる。

(ロ) 森永商事株式会社仕入分

同社よりの仕入金額金七六万〇〇五一円の九〇%金六八万三〇四六円に別表四の差益率計算表により算出した売上に対する差益率一・九%を適用して計算すると、売上高は金六九万七二九四円となる。

(ハ) 明治商事株式会社仕入分

同社仕入分も右森永商事株式会社と同様の差益率で販売したものと認められるから、同社からの仕入金額金三六万六八五四円の九〇%金三三万〇一六九円に右差益率一・九%を適用して売上高を算出すると金三三万六五六三円なる。

右の卸売による売上高合計額は金三四六万二六一三円である。

(5)  雑収入金額

右のほか、原告はグリコ株式会社との取引により、同社より合計金四万六九五三円の歩戻金等の収入を受けている。

(6)  総収入額

以上により、原告の総収入金額は売上金額及び雑収入金額を合算した金五一一万六一八三円となり、これより前記販売原価と必要経費を差引いたものが、その所得金額になるわけであるが、その必要経費はつぎのとおりである。

(7)  必要経費

(イ) 一般経費

原告は営業に関する帳簿その他の記録を備えていないため必要経費の詳細が判明しないので被告は小売分については前記所得標準率表の経費率五%(差益率二四%から所得率一九%を差引いたもの)を適用し、売上高金一六〇万六六一七円の五%にあたる金八万〇三三一円を必要経費と認め、卸売分については交通費、通信費、修繕費、消耗品費、交際費及びその他の雑費として合計月二〇〇〇円、年間金二万四〇〇〇円を要するものと認定して、一般経費を合計金一〇万四三三一円と算定した。

(ロ) 特別経費

特別経費として店舗建物の減価償却費金三八二五円及び支払利子金二九円合計金三八五四円を計上した。

右により必要経費の総額は金一〇万八一八五円となる。

(8)  所得金額

よつて、右(6)の総収入金五一一万六一八三円より(3)の販売原価金四六一万〇五六八円及び(7)の必要経費合計金一〇万八一八五円を差引いて所得金額を算出すると、金三九万七四三〇円となる。従つて右金額の範囲内で原告の所得金額を認定した被告の本件更正決定には何等の違法はなく、これが取消を求める原告の請求は失当であると述べ、

立証として、乙第一ないし三号証、同第四号証の一ないし四、同第五号証の一、二、同第六ないし一四号証、同第一五号証の一ないし四、同第一六ないし二三号証を提出し、証人大村三郎(一、二回)、同川島義、同佐古田保、同沢田喜代治、同大西金太郎、同辰己正太郎並びに同大喜多珍彦の各証言を援用した。

理由

第一(1)  原告が昭和二八年三月一六日、被告に対し昭和二七年度分の所得税の確定申告をなすにあたり、その所得金額を金九万円として申告したところ、被告は昭和二八年三月三一日付通知書(右日時は弁論の全趣旨によつて認める)を以て、これを金二七万七〇〇〇円に更正する旨の決定をしたので、原告が右更正決定に対し、同年四月二八日再調査の請求をし、同年六月二四日被告より請求棄却の再調査決定通知があつたので、原告はさらに同年七月二〇日大阪国税局長に対し、審査請求をしたが、三ケ月を経過しても審査決定がなかつたので、本訴提起に及んだものであることは、当事者間に争がない。

(2)  ところで、本件では原告の所得金額は右の如く金九万円に過ぎないとする原告の主張に対し、被告はその後の調査の結果に基いて、原告の所得金額は右更正決定を上廻る、金三九万七四三〇円であると主張するのであるが、被告の右所得金額の算定は、主として推計によるものであるので、まずかゝる推計が許される事案であるかどうかにつき按ずるに、証人大村三郎(一回)、同川島義の各証言によれば、原告は被告の調査に対し、営業上の帳簿、伝票類は皆無なりと称して提出しないのみならず、その他の調査資料の提供をも拒否し、再調査請求のさい提出した乙第三号証の収支計算月別内訳明細書をみても、毎月の売上金に対し、仕入額を常に八五%に計上する等、事実に反する、恣意的な記載をしているのであつて、かような非協力的な原告について、直接に所得の実額を調査計算することは不能であるから、他に資料を求め、これを基礎に推計による認定課税をなすこともやむをえないところというべきである。

第二  よつて以下、被告の右方法による所得金額の認定が正当であるかどうかについて考察する。

一、総収入金額

(一)  売上金額について

Ⅰ まず売上金額算定の基礎たる仕入金額について検討する。

証人辰己正太郎の証言によつて成立を認めうる乙第四号証の一、証人大喜多珍彦の証言によつて成立を認めうる乙第五号証の一、証人沢田喜代治の証言によつて成立を認めうる乙第六ないし一二号証によると、原告は昭和二七年中、グリコ株式会社より金二六三万九二四九円、森永商事株式会社より金七六万〇〇五一円、明治商事株式会社より金三六万六八五四円、浦山治郎より金六万円、有限会社三笠屋製菓工業所より金四万円、渡辺重一より金三万八〇〇〇円、北川利一郎より金九八〇〇円相当の仕入をしているほか、株式会社高田屋本店より、同年四月頃以降一二月頃までの間に、別表五の如く、金二〇万七五〇〇円の仕入をしていることが認められる。

被告は、右高田屋本店の仕入額より推算して、同店からの年間仕入額は、金三五万五七一四円であると主張するのであるが、高田屋本店作成の前記乙第七号証には、昭和二七年当時の取引帳簿は散逸し詳細不明である旨記載せられているのと、前記乙第一二号証によつて明らかな如く、原告の高田屋本店に対する支払は、昭和二七年四月より一二月まで、毎月原告の取引銀行たる三和銀行上本町支店の当座預金より出金、小切手で支払われていることよりすれば、同年一月から三月までの間は現金払をしたとか、小切手と現金により支払がなされたことの立証がない限り、単に右乙第七号証に、昭和二七年一月より一二月までの期間中毎月納品したという記載があるだけでは、右小切手による入金が七ケ月間の仕入代金であるとし、これより多額の年間仕入額を推算することはできないから、この点に関する被告の主張は採用し難い。

さらに、前記乙第一二号証に、証人沢田喜代治の証言によつて成立を認めうる乙第一九、二〇号証、同第二二号証によると、原告は、同年中、オリエンタル商会より金九七〇〇円、大六製菓株式会社より金四〇〇〇円、竹島食品工業株式会社より金七五〇〇円、合計金二万一二〇〇円に相当する菓子類の仕入をしていることが認められる。

被告は、乙第一二号証によつて推認できる仕入先は、右に止まらず、別表六の如く三八箇所にのぼり、その仕入合計額は金三四万〇九〇〇円に達すると主張する。なるほど乙第一二号証によれば、原告が別表六記載の如く、当座預金より出金小切手で支払をしていることが認められるが、その支払先が被告主張の如く、原告の菓子類の仕入先であることを認めしめるに足る証拠がない(もつとも右支払先のうち、寺田食品については乙第一七号証、ラクダ食品工業株式会社については乙第一八号証、第一砂糖株式会社については乙第二一号証が提出されているが、寺田食品、第一砂糖株式会社という屋号ないしは商号からは、同店が菓子類の仕入先であつたものと推認するわけにゆかないし、ラクダ食品工業株式会社は、清涼飲料水の販売を業とするものであること右書証上明白であるから、同会社からの仕入が菓子類であると認めることはできない。従つて、被告が菓子類の販売による所得のみを主張する本件では、右の仕入を基礎にして所得を推計することはできない。)また、被告主張の如く、原告の販売先である春和産業株式会社から小切手で支払われた代金のうち金二三万六一三七円が原告の当座預金に入金されていなかつたとしても、原告は当時菓子類の販売のほか罐詰類、清涼飲料水等の仕入販売をしていたものであること前記乙第一八号証及び後記乙第一六号証によつて認められるから、その仕入代金に充てたことも考えられるし、また他に出金の必要があつてその支払に供したことも考えられるのであるから、一概に被告主張の如く菓子類の仕入に充てられたものとは断じ難く、従つて右当座預金に入金されていない事実は、被告主張の仕入額の過大でないことの裏付資料たるに値しないものというべきである。

右認定の仕入額を総計すると金四一四万二六五四円となる。そして成立に争のない乙第一号証によれば、原告店舗における期首、期末のたな卸高はほぼ同額であることが認められるから、右仕入金額を以て販売原価とみることができる。

Ⅱ つぎに売上金額について考察する

証人大西金太郎の証言によつて成立を認めうる乙第一四号証、同第一五号証の一ないし三、証人辰己正太郎の証言によつて成立を認めうる乙第四号証の三、証人大喜多珍彦の証言によつて成立を認めうる乙第五号証の一、二ならびに右各証言を綜合すると、原告は、昭和二七年中、前記の如くグリコ株式会社、森永商事株式会社、明治商事株式会社より、卸売店納入価格あるいは特約店値によつて仕入れたキヤラメル、グリコ、ビスコ等の菓子類を卸値で春和産業株式会社に販売し、その取引量は約金四三万円余の多額に達すること、その他一般に右三社からの仕入量が前認定の如く大量であること、しかもその仕入がほゞ卸売店納入価格あるいは特約店値といつた、卸売店に対する販売価格でなされていることよりして、右三社からの仕入商品が卸売に供されていたものであることは推認するに難くない。

しかし、前認定の他からの仕入品は、その数量もさほど多量でないし、その他卸売に供され特段の事情も認められないのであるから、原告の主張にそつて、これらは全部小売に供されたものと認めるのが相当である。

原告は、専ら小売のみを業とし、前記三社からの仕入商品は無利潤で取次販売をしたに過ぎないと主張するが、前認定を覆し右主張事実を認めしめるに足る証拠はなにもないから、原告の主張は採用し難い。

(イ) 小売について

前記三社以外からの仕入商品が小売された関係にあること前認定のとおりであるが、三社からの仕入商品も原告が小売店舗を構えていることよりして(この点は当事者間に争がない。)一部小売に供されたものとみるべきは当然であつて、証人大村三郎の証言(一、二回)同証言によつて成立を認めうる乙第一六号証によれば、昭和二七年一一月頃被告職員が原告方店舗の在庫高を調査した結果が記録されており、これによると、グリコ株式会社の商品たるグリコが一〇〇〇円(仕入額、以下同じ)、ビスコが一万円のほかキヤラメル類が二〇〇〇円程存在していたことが認められ、右キヤラメル類は、この種商品の市場出廻り状況からみて、少くとも半数の一〇〇〇円に相当するものは、森永、明治両商事会社の商品であるとみるのが相当であるから、三社からの仕入商品の仕入額は合計金一万二〇〇〇円になる。

原告は、被告の在庫品調査は昭和二九年四月中旬頃なされたものであり、昭和二七年中は店舗も小規模で、罐詰類の在庫はないし、在庫商品の数量も被告が主張するより少かつたと主張するが、前記乙第六号証によれば、昭和二七年当時すでに原告が明治商事株式会社より罐詰類の仕入をしていたことは明白であるのみならず、証人川島義の証言によると、同証人が大阪国税協議団の協議官として昭和二九年原告方に調査に行つたさい、すでに乙第一六号証の調査書ができており、当時の在庫高はこの調査書記載の数量より多量であつたことが認められるから、右乙第一六号証を以て一概に原告主張の如く不実のものとは認め難い。

そして、右在庫高のほか他に認定資料のない本件では、右在庫高を基礎にして右三社の年間仕入額(小売された分の仕入額)を推計するほかはないのであるが、証人佐古田保の証言によつて成立を認めうる乙第二三号証の大阪国税局作成昭和二七年分所得業種目別効率調によると、菓子小売の平均在庫一〇〇〇円当りの回転率は、三都市ではAB、C、Dの階級に区分され、そのうちCが最低で四四、四とされており、他方右三社の商品は売行きがよく、回転率の早い市場状況を勘案するとき、少くとも右最低率によつて計算した金五三万二八〇〇円を下らないものと認められる。そうであれば、被告が右仕入額を前認定の三社からの総仕入額金三七六万六一五四円の一〇%である金三七万六六一五円と認定したのは、原告の利益にこそなれ、決して過大ではないといわなければならない。

原告は右効率調は恣意的な、矛盾した、不正確なものであると主張するが、証人佐古田保の証言に弁論の全趣旨を綜合すると、右効率調の回転率は技術的にも、実際の適用面からも妥当なものとして通用し、何ら不都合、支障を来した事跡もないことが窺われるのであるから、一応合理的なものと推認するを相当とすべく、しかも本件では最低率を適用し、なおかつその結果より下廻る数額を認定しているのであるから、原告において右効率適用の不当性を裏付ける特段の事情を主張立証しない限り、右認定を以て違法とすることはできない。

以上によると小売部門の年間仕入額は、三社からの分が金三七万六六一五円、三社以外からの分が金三七万六五〇〇円(浦山からの金六万円、三笠屋製菓工業所からの金四万円、渡辺からの金三万八〇〇〇円、北川からの九八〇〇円、高田屋本店からの金二〇万七五〇〇円、その他からの金二万一二〇〇円)で、その合計額は金七五万三一一五円であり、これが即ち販売原価となることは、前同様である。

ところで小売の売上金額は、冒頭説示の理由から推計によるのほかなく、証人佐古田保の証言によつて成立を認めうる乙第一三号証の大阪国税局作成、昭和二七年分商工庶業所得標準率表によると菓子小売の差益率のうち最低が干菓子の二四%になつているので、これを適用し(右標準率の適用を不当とする原告の主張の採用し難いことは前同様である。)右原価より売上金額を算出すると金九九万〇九四一円となり、原告は少なくとも右金額の売上を得たものというべきである。被告は前記乙第一六号証の在庫高金四万九六五〇円を基礎にして、前記効率表の回転率四四、四を適用すると金二二〇万四四六〇円となることからしても、被告認定の売上高金一六〇万六六一七円はひかえめな金額で、不当でないと主張するので按ずるに、所得金額を推計認定する方法が、二以上ある場合には、その推計の基礎となる間接資料のうち、より直さい、具体的な、換言すれば直接資料に近いものを基礎にする推計方法を採用すべく、この点に差異のない場合は、得られた数額の低いものによるのが、認定の法則上妥当とされる所以であるというべく、本件における乙第一六号証の在庫高の記載中には菓子類以外の罐詰類も含まれているし、また記載全体がやや簡略に失するきらいがあるから、この数額をそのまゝ唯一の資料にして仕入金額(乙第一六号証の金額は、仕入金額を記載したものであることが、証人大村三郎の証言(二回)によつて認められるから、これに回転率を乗じた金額は年間仕入額であつて、被告主張の売上金額ではない。)を推計し、その金額を基礎にしてさらに売上金額を推計するよりも、前叙の如く、仕入先、仕入額の調査が可能である限りその調査資料に基いて直接仕入額を認定し、乙第一六号証の在庫高に基く推計はやむをえないものに限定し、これらによつて得られた仕入総額に基いて売上金額を推計する方が、より直接的で、妥当であるし、また前者の算定方法による数額よりも、後者のそれの方が低額である本件では、後者を採用すべきこと前説示のとおりである。また前者の推計による結果が多額であるからといつて、後者の推計の基礎事実の調査を等閑に付し、不明確な事実に基く推計の結果を主張することが許されるわけのものでないから、前記被告の主張はとうてい採用し難い。

(ロ) 卸売について

卸売は、前認定の事実から自ら明らかな如く、前記三社からの仕入額の九〇%がこれに振向けられたものというべきであるから、(a)グリコ株式会社からの仕入分の卸売原価は金二三七万五三二四円(同社からの仕入額金二六三万九二四九円の九〇%であり、仕入額を以て販売原価と認めるべきは前同様であつて、以下もまた同じ)(b)森永商事株式会社からの仕入分の卸売原価は金六八万四〇四六円(同社からの仕入額金七六万〇〇五一円の九〇%)(c)明治商事株式会社からの仕入分の卸売原価は金三三万〇一六九円(同社からの仕入額金三六万六八五四円の九〇%)となる。

よつて右各仕入額に対する売上金額を算定するに、

(a) のグリコ株式会社よりの仕入分については、前掲乙第四号証の三及び証人辰己正太郎の証言によつて明らかな如く、同社では商品毎に卸売価格を定めており、実際上も右協定価格によつて取引されているものと考えられるし、また現に原告が春和産業株式会社に卸売りしたさいの価格も、この価格に従つていることは前認定のとおりであるから、右価格に基いて、同社からの仕入商品全部を卸売りした場合の売上金額を右乙第四号証の三によつて明らかな品種、数量別に計算の上合算すると、別表三の如く金二六九万九八四七円となるから、その九〇%にあたる、金二四二万九八六二円が実際に卸売りされた売上金というべきである。

被告は右乙第四号証の三に基いて一旦差益率を算出した上これを適用して売上金額を算定しているが、乙第四号証の三によつて直控売上金額の認定ができる本件では、かような遠な方法をとることは妥当ではない。

(b) の森永商事株式会社からの仕入分については、前掲乙第五号証の一、二及び証人大喜多珍彦の証言によつて明らかな如く、同社においても前同様品種ごとに卸売価格を定めており、実際上も右価格に従つて取引されているものと認められるので、前同様この価格に基いて同社からの仕入品全部を卸売りした場合の売上金額を前記乙第五号証の一によつて明らかな品種、数量別に計算の上合算すると、別表四の如く、品種区分の明らかでないドロツプス、金一万二三二八円相当の仕入分を除いて、金七六万二三五六円となり、右ドロツプスについては、乙第五号証の二によつて明らかなドロツプスの品種のうち、差益率の最も低い、ドロツプス二ケ入、仕入単価一四八円五〇銭、卸売単価一五六円の差益率四・八%に基いて、仕入金額一万二三二八円より売上金額を算出すると、金一万二九四九円となるので、これを合算した金七七万五三〇五円のうち、その九〇%にあたる、金六九万七七七四円が実際に卸売りした売上金額と認めるべきである(この分についても被告は乙第五号証の一、二から算出した一・九%の平均差益率を一律に適用して売上金額を算出しているが、前同様の理由からも、またドロツプスについてはその品種の差益率を適用すべきものである点からも、妥当な認定方法とはいい難い。)。

(c) の明治商事株式会社からの仕入分については、右二社の如き一定の品種別販売価格を認むべき資料がなく、かつこの点に関する被告の調査に対し、同社の協力が必ずしも十分とはいえず資料の入手が容易でなかつたことが弁論の全趣旨に徴し窺われる本件では、前認定の仕入額を基礎にして差益率を適用して売上金額を推計することも亦やむをえないところというべきである。そして同社が、前記森永商事株式会社と大体同一業種、同一規模の営業状態であることならびに証人佐古田保の証言によつて認めうる前記乙第六号証記載の小売価格も両者ほゞ同一と考えられることよりして、差益率も亦両者ほゞ同一と推認されるので、森永商事株式会社からの仕入価格、同商品の販売価格に基いて算出した前記別表四に記載の差益率一・九%を適用するのが相当であり(右差益率は、前記別表三のグリコ株式会社からの仕入価格、その販売価格によつて算出した差益率二・二%より低いことからも過大なものとは考えられない。)右差益率を適用して前認定の仕入金額金三三万〇一六九円より売上金額を算出すると金三三万六五六三円となる。

以上卸売による売上金額の合計額は金三四六万二六一三円である。

(三)  雑収入について

証人辰己正太郎の証言によつて成立を認めうる乙第四号証の二及び同証言によると、原告はグリコ株式会社との買入取引にあたり、同社より積立金(仕入額の二・五%)、利息金、歩戻金等の形式で、合計金四万六九五三円の収入を得ていることが認められる。

従つて、原告の総収入金額は、小売の売上金九九万〇九四一円、卸売の売上金三四六万二六一三円、雑収入金四万六九五三円を合算した金四五〇万〇五〇七円である。

二、差益額

右総収入金額より販売原価、即ち前認定の小売関係金金七五万三一一五円、卸売関係金三三八万九五三九円を控除した差益額は金三五万七八五三円である。

三、必要経費

つぎに右差益額より所得金額を算出するにあたり控除すべき必要経費について検討する。

原告は必要経費について具体的な主張をしないし、また被告の調査にも応じなかつたこと冒頭説示のとおりであるから、これ亦推計によつて算出するのほかはなく、前記乙第一号証、証人大西金太郎、同川島義、同大村三郎(一回)の各証言を綜合すると、原告は店員を使用せず、卸売商品の配達も同居家族の手でなされていたこと、店舗建物は原告の所有に属し、その敷地は親戚よりの無償貸与にかゝるものであること、店舗ならびに営業の規模は大体普通級で、特に余分の経費を必要とする事情もなく、総じて平均値たる経費率の適用を妨げない状況にあることが窺われるから、被告が小売関係の一般経費の推計につき、前掲乙第一三号証の標準率中より算出した経費率五%(前記小売の売上金算定に使用した干菓子の差益率二四%よりその所得率一九%を控除したもの)を採用したことを以て違法であるといえないのは勿論であつて、前認定の小売の売上金九九万〇九四一円に右経費率を適用して算出した金四万九五四七円を以て小売関係の一般経費となすべきである。また前認定の諸般の事情を勘案すれば、被告が原告の兼業の卸売関係につきその必要な一般経費、即ち交通費、消耗費、雑費等の合計額を月二〇〇〇円年間金二万四〇〇〇円と認めたことを以て過少評価の違法があるとは断じ難い(本件卸売部分の差益率は前認定のとおりであつて、右標準率より著しく低いのであるから、小売関係の如く、右標準率より割出した経費率をそのまゝ適用することはできないが、同標準率によれば干菓子卸売の経費は差益額の約三六分の一〇に該当することが窺われ、本件卸売の差益額は金七万三〇七四円(前認定の売上金額金三四六万二六一三円より販売原価金三三八万九五三九円を差引いた残額)であるから、前認定の経費金二万四〇〇〇円は、右差益額の約三分の一に該当することよりしても、これが少額に失するものでないことが窺われる。)。つぎに特別経費についてであるが、店舗建物の減価償却費金三八二五円は、被告が原告の利益のためとくに計上したものであり、証人川島義の証言と弁論の全趣旨に照し相当な価額であると認める。さらに前掲乙第一二号証によると、原告は、取引銀行たる三和銀行上本町支店に対し、当座貸越金の利息として、昭和二七年三月七日金二五円、同年九月二二日金四円合計金二九円の支払をしていることが認められ、右は借入営業資金の利息というべきであるから、これを特別経費に計上した被告の処置は正当である。

以上必要経費の合計額は金七万七四〇一円であり、他に特別な経費を要したことにつき、原告より何の主張、立証もない本件では、必要経費は一応右金額に尽きるものというべきである。

四  所得金額

そうであれば、原告の所得金額は、前記二の差益額より三の必要経費を控除した金二八万〇四五二円となる。

第三結語

従つて、原告の所得金額を右金額の範囲内である、金二七万七〇〇〇円と定めた被告の更正決定には何ら取消すべき違法はないわけであるから、原告の本訴請求を失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 金田宇佐夫 裁判官 安間喜夫 裁判官 井上清)

別表一

<省略>

合計金四一万八五二九円

別表二

<省略>

合計金三九六万六二八〇円

別表三 グリコ製品差益率計算表

<省略>

差益額六万〇五九八円

売上に対する差益率〇、〇二二四

右はグリコ株式会社より仕入れた商品全部を卸売したものとして差益率を計算したもの。

別表四 森永製品差益率計算表

<省略>

差益額金一万四六三三円売上に対する差益率〇、〇一九一

もつとも本表では品種区分の明白でないドロツプス、仕入額一二、三二八円相当はこれを除外した。

別表五 株式会社高田屋本店裏書小切手明細表

<省略>

別表六 仕入先の明確な仕入先以外の仕入先よりの仕入の明細表

<省略>

別表七

春和産業株式会社が原告へ支払つた小切手のうち、原告の当座預金に入金されていないものゝ明細表

<省略>

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